Karl von Burgund 第1幕・2場

●2場の登場人物●

マリー

アンベルクール

ユゴネー

ラーフェシュタイン






ユゴネー
「ご機嫌麗しゅう、いと賢くも偉大なる我らが公女。次なる公爵の母となるべきお方よ!」


マリー
「わたくしが部屋を出てあなたがたのところへやってきたのは、お父様の遠征軍が戦争を始めたと聞き、
 大変心苦しくなったからなのです。
 
 わたくしはつねづね考えているのです。
 このわたくしの足元に広がる床や屋敷、そして財産までもがある日突然奪われてしまうのではないかと…
 そしてわたくしは、戦に怯えずに済むように権力も財産もなくなってしまえばいいと思うのです。

 どんなに素晴らしい富と権力があっても、親しい人々のいない屋敷など耐えられません。
 わたくしの父上と貴族のかたがたが遠征に行って久しい今、わたくしはあなたがたがきっと国内を良く治
 めてくれると信じていますよ。」


ユゴネー
「心配は無用ですぞ、姫君!わたくしたちは貴女様の仰せの通り、この国を良く治めておりますから」


マリー
「わたくしのお父様が遠く離れたベルンに遠征をしてから、わたくしは辛い夢ばかり見るようになりました。
 なにか意味のある夢なのかしら?

 わたくしは屋敷の中庭に、2頭の馬がたたずむのを見たのです。
 
 1頭はおとなしく、おだやかな水面のよう。
 とても落ち着いた足取りで悠々と歩んでいたわ。
 もう1頭は痩せてみすぼらしく、細い脚をしていました。
 蹄鉄もなく暴れるばかり。

 そこにわたくしのお父様がやってきて、おとなしいほうの馬を優しく撫で、
 その鼻先にくつわをつけてやったのです。
 そうして馬具を整えて、金銀で縁取った覆いをかぶせ、馬車を後ろに牽かせてやり…

 それからお父様は獰猛そうなほうの馬にも近づいて、逆らう馬をひと撫でしてやると、同じように轡を
 つけてやろうとしました。

 でも馬は暴れ出して轡を引き裂いてしまったの!
 そしてお父様にも噛みついて、大怪我をさせてしまったのです。

 そうして、その様子を遠くからフィリップおじい様が見ていたの。
 何か言いたげな様子で、押し黙ったまま。

 そこでわたくしは目が覚めました。
 わたくしは天を仰いで跪き、愛するお父様に何ごともないようお祈りしたのです。

 お祈りが終わってから窓の外をふと見ると、鷹と雌鶏が喧嘩をしているのが見えました。
 そして喧嘩しながら鳥小屋まで逃げる鷹を、空から若い鷲が狙いを定めて襲い掛かってきたのです。
 鷲は鷹の羽根を毟り取って、動かなくなったと見るとまた森の巣に帰っていきました。

 …わたくしには嫌な予感がするのです。
 あなたがたのところに何か報せは届いていませんか?
 わたくしのお父様は、古の勇士にも負けない勲を立てて、無事に戦から戻ってこられるのかしら?

 もしお父様になにかあったら、国内はかつてないほどの恐慌にさらされるでしょう。
 もしかしたら他国に制圧されてしまうやもしれませぬ」


ユゴネー
「確かにその夢は、何やら不吉な予感がしますなあ。
 しかし目をそむけてはなりませぬぞ。主と聖母にお祈りなされませ。
 全能の神に公爵閣下の無事を祈るのです。
 神は必ずや願いを聞き届けてくださり、この国にも平安をもたらしてくださいます。

 けれどもフィリップおじい様が夢に現れなさったことを忘れず、神にこのことを問うてみるのもよろしい
 でしょう。きっと貴女の祈りに応えて、恩恵を与えてくださるはずです。」


マリー
「なるほど、あなたの言う事はもっともです。
 天にまします神がわたくし達を見捨て、まして責め苦を与える事などありえませぬ。
 ではわたくしはこれから、神に祈りを捧げてきましょう。

 …ところでアンベルクール伯、スイスのベルンというのはどちらにあるのです?」


アンベルクール
「スイスはこちらとは丁度反対のところ、ジュラ山脈の向こうです。
 神聖ローマ帝国とイタリアのはざま、アルプスの高き峰のふもとにございます」


マリー
「そこをわたくしのお父様は制圧なさろうとしていらっしゃるのね」


アンベルクール
「そのとおり。わが君はその類まれない権力にかけて、ベルンを陥落させるお心づもりなのです」


マリー
「ではスイスはたくさんの兵を徴兵したのですね?」


アンベルクール
「スイスはわずかの兵で凄まじい攻撃を仕掛けまする」


マリー
「スイスは豊かな国なのですか?」


アンベルクール
「はい、金や銀の鉱脈がたくさんあると聞き及んでおります。
 しかし彼らはこの宝をむざむざ放っておき、緑なす大地で素朴な暮らしを送っているそうです」


マリー
「大砲などの火器を使って、鋼の砲弾を雨あられと降らせてきたりするのではないのですか?」


アンベルクール
「スイス兵の武器は大鎌や長槍でございます。
 それに両手剣などを用いて、敵を抉るように攻撃してくるようです」


マリー
「スイスの兵は、どんな公爵が指揮しているのでしょう?」


アンベルクール
「スイス兵は主君を戴かず、市政府の統治下に置かれております」


マリー
「敵の急襲にはどう応ずるのですか?」


アンベルクール
「兵は急襲に気づいた瞬間に、敵を20たびも討ち負かして勝利をもぎ取ってしまうでしょう」


マリー
「わたくしのお父様が、今この瞬間にも戦に負けて傷ついた体を戦場に横たえているかもしれない!
 すぐにお父様たちの無事を神様にお祈りしてこなくては!」


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