Karl von Burgund 第2幕・2場

●2場の登場人物●

マリー

シャリニー

アンベルクール

ユゴネー

ラーフェシュタイン






マリー
「邸じゅうに悲しみに満ちた声が響き渡っているわ。
 すすり泣く声が、悲痛な哀悼の声が、不幸に打ち沈む報せが礼拝堂の中にまで伝わってくる!
 こうして跪き天に祈りを捧げていても、悲嘆がずしりと重くわたくしにのしかかってくるわ。
 
 祈りに返る答えもなく、わたくしは声も消え入りそうになりながらここで跪いているけれど、
 戦で命を落とした人々や、救いの手を求めたであろう傷ついた人々のことを思えば
 わたくしはこの悲しみに耐えねばならないのだわ。

 シャリニー卿、わたくしにこのたびの戦で何が起こったのかを、遠慮なくはっきりと説明してください。
 わたくしたちが悼むべき、名誉ある殿方たちや将軍たちの戦場でのありさまを、
 そしてこの過酷な運命を免れた方々のことを」


シャリニー
「姫君、あなたさまの父たる公爵閣下はご生還あそばされております。
 以前とお変わりなく、お元気でいらっしゃいますよ」


マリー
「ああ、あなたのおっしゃったことはブルゴーニュ家の危機を救うに足ることです!
 あなたはこの暗闇に一条の光を灯してくださいました!」


シャリニー
「私たちはグランソンの地で、まず第一の苦難に遭いましてございます。
 娯楽に浸らず敗戦もなかったのですが、逃げだす兵も少なからず出てまいりました。
 馬や武具は失われずに済みました。しかし王侯にふさわしい財…
 
 スへルデのほとりのガン、海にほど近いブリュージュのもたらす宝、
 アントウェルペン産の見事なウールの反物やアラスの亜麻布、
 メヘレンの刺繍の施されたリボンや織物、
 絹と金から出来た公爵閣下の華やかな天幕、
 東洋のスルタンが使うような日よけの天蓋などが奪われましてございます。
 しかし失ったものを越える武具、歩兵たちを助け上げました。

 戦陣は野営というよりは東洋の広場に連なる屋台というにふさわしかった。
 スイス人には異様な光景と見えたことでしょうな。
 その眺めといったら、おそらく奴らには希望の溢れる夢のようなものだったでしょう。
 奴らはその宝に目が眩み、われわれを追うことを忘れてしまったようでした。
 初めて目にした宝を奪うのに夢中になっていたようです。

 このあたりに住む民は、銀や錫、ガラスの装飾品や宝石を縫い付けた上着などを目にしたことでしょう。
 
 この戦でギヨン城主が戦死し、われわれにとっては手痛い損失となりました。
 敵の堅固な城を二度攻め立てその城の旗を二度とも奪い打ち負かした猛者でした。


 そしてムルテンです。あのムルテンで、何人もの屈強なブルゴーニュ兵が命を落としましてございます。
 必勝の兵たち、広い国々から集められた者たち、きっと戦を制するに違いあるまいと期待をかけた者たちです!

 歩兵も将軍も一つ所に屍を晒し、あの焔のごとき軍人のメイイは冷たい柩にその身を横たえておりまする。
 メイイは生垣を抜けようとして討たれたのです。

 敵を囲もうとしたのですが効はなく、やつらは生い茂る森の幹や枝々に守られたようでした。
 沢山の兵たちが命を散らし、逆に敵方の兵隊に囲まれ、火器も武器も荷車も滅茶苦茶に…

 戦の達人のモンタギューとブルノンヴィユが斧を用いて応戦いたしましたが深手を負い、
 マーレとアントン・フォン・リュクセブルクが最前線で戦っていたその時に、
 敵どもが私たちの陣地まで攻め込んでまいりました。

 ガリオットと彼の二千の兵士たちが槍で戦ったものの多勢に無勢、
 勇敢なる兵士たちは全滅し、シャロンも戦死いたしました。

 金で飾られた兜を着けたまま、銀の馬具と金色の盾をその手に握り締めた彼の血にまみれた赤ひげを、
 彼の馬がしきりに引いておりました。
 
 グリムベルクとシャトーシノンも名誉の戦死を遂げましてございます。
 誇り高き騎兵として、死してなお立ち上がろうとしておりました。
 ああ、このつらい戦いで死を遂げた者達を千の英雄と呼ばずして何としましょうか!」


マリー
「ああ、あなたはその不運を目の当たりになさっていたのですね!
 わたくしにもそれがどんなにつらい事かわかります。
 
 ブルゴーニュ兵の名誉がこんな汚辱と悲嘆にまみれてしまうなんて!
 敵たちは森に生い茂る葉のように、数え切れないほどの大軍だったのですか?」


シャリニー
「いえ、そうではなかったのです!
 敵どもと私たちの兵力差は歴然。
 敵は三千といったところ、私たちは十万を数えておりました。
 
 私たちのほうがはるかに有利でございました。
 しかしベルン人は運を味方につけ、運命の天秤を押し下げて劣勢を覆したのです。」


マリー
「信心深いベルンに神のご加護があったのでしょうか?」


シャリニー
「ええ、それに実際ベルンは攻めづらい都市で、ムーア人のごとく激しい気性と堅固な心をもっております」


マリー
「ベルン人たちがどのような攻撃を加えたのか、
 誇らしい勝利を手にしたのは不利だったベルン人たちなのか、わたくしのお父様なのか、
 どうか教えてくださいますか?」


シャリニー
「姫君、グランソンでの出来事は大いなる不運の予兆にすぎなかったのです。
 公爵閣下は先の戦いに対し大変に憤りを感じておられ、怒りのあまり物事の判断もつかぬ
 ご様子でした。
 血気に逸り苛立たしげになさるばかりで、周りの将軍がたのご意見も耳に入らぬようでした。

 公爵閣下はグランソンの会戦を境に重苦しい憂鬱に取り憑かれ、軽挙妄動を引き起こし、
 側近にもつらく当たるようになられました。
 次こそは戦勝をと望んでおられましたが、結局自らの視野の狭さであのグランソンの過ちを
 繰り返しておしまいになられたのです。

 若いころに輝かしい武勲を共にし、また援けてやったロレーヌ公ルネが敵方についたことを
 聞き及ぶに至り、公爵閣下のお怒りはとどまる所を知らぬほどにふくれ上がりました。
 ああ!わが君は天がこの戦に対して警鐘を鳴らされているということ、そしてその前兆を推
 し量ることができなくなっておられたのです!

 段々と空が曇り、天候が怪しくなってきておりました。
 しかしながら我らが敵と相見えるに至り雲の切れ間から太陽が姿を現し、明るい光が我らの
 甲や鎧に反射し煌いたのです。

 わが君は兵士たちの鎧がきらきらと光る様子をご覧になり、いつもの快活さを取り戻された
 ようでした。そして勝利への希望に満ちたご様子で、眼前に控える兵士たちにこう叫びました。


 『さぁ兵士たちよ、天意は我らに味方しているぞ。
  神が我らのもとに再び光をもたらしてくれたのだ。
  いざ、この光をもって敵を打ちのめせ!
  闇夜にまぎれて逃げ出すことは敵にはできぬ。
  先の戦勝などささいな偶然でしかなかったのだと奴らも思い知ることになろう。
  今こそ撃って出る時だ!』


 それから兵士たちがめいめい野営についた後、公爵閣下はグランソンで得た財を確認しに行か
 れました。そして私はその財を部下たちに贈ったのです。

 サヴォア出身の私の従兄弟、フライブルクの領主ラモンはベルン制圧に向けて意気込み、また
 もう一人の友と従者もスイスの都市に攻め入るのだと盾を身につけておりました。


 『コストニッツからアールガウ、バーデンの教会すべてを領地に組み込もうぞ。
  あの忌々しいチロル公ジークムント・フォン・ハプスブルクをひっ捕らえ、モルガルテンや
  ゼムバッハまで制圧するのだ。そして奴らを我々の足元に跪かせ、死の恐怖をとくと味わわ
  せてやろう』と話しながら。


 だが天は我らに輝かしい勝利よりもむしろ破滅をもたらそうとしていた、
 そのことを彼らは予感してはいなかったのです。

 ラモンはブルゴーニュの猟犬がスイスの猟犬を追いかけ、捕まえ、勝利に唸り吠え立てて意気揚々
 となわばりに戻ってきたその様子にいっそう戦意を高めておりました。

 こちらからはスイス軍が神に慈悲と生還の祈りを捧げる様子が見えていましたが、その最中に突然
 閧の声が上がりました。その声に合わせて牛の旗印を掲げたウーリとウンターヴァルデンの角笛と
 トランペットの音が轟き、戦の始まりを報せたのです。
 我々が布陣したところの森のむこうからスイス軍の指揮官たちの大音声が聞こえて参りました。

 
 『アルプスの同胞よ、我々の前には困難がそびえ、ひどい苦境に立たされている。
  だが今こそ抗すべき時だ!
  我々の故郷、我々の妻子、我々の老いた父たちを、血に飢えた盗賊のような北国のよそ者どもの支
  配から逃れさせなければならない。我々の父祖の土地、家、草原を1エーカーたりとも奴らの手に
  渡してなるものか』


 そう呼ばわった後、フランス語で悪口雑言を吐きかけて我々の陣に突っ込んできたのです。
 怒号と悲鳴、殺されていく者たちの断末魔がたちまちそこかしこにこだましました。」


マリー
「20あまりの国から戦地へ赴いたブルゴーニュの殿方が、そんなひどい不運に見舞われるなんて!」


シャリニー
「話はこれで終わりではありません。
 これまで話したことよりももっとつらい事実がございます。」


マリー
「隠していらっしゃる不運や苦悩がおありなら、どうか全てを打ち明けてくださいませ。」


シャリニー
「馬上にあった騎士たちが拍車をかけようとも、逃げる兵たちを押しとどめることはできませんでした。
 勇ましい兵士もその勇をふるうことができず、貴族は雅やかさを失い、若者たちは燃ゆる勇気を失い
 臆病風に吹かれて頼りない卑しき者となってしまいました。
 滅びに向かう道から救い出すことができなかったのです。

 敵はためらうことなく素晴らしい金銀細工を奪ってゆきました。
 戦場には討たれて散らばった四肢と血が流れ、一人も生きて帰れた者はおらず、
 五体満足でいられた者とておりません。」


マリー
「公国の人々になんの罪があって、涙と嘆きの中で南の地に敗残の身を横たえねばならないのでしょう!
 おおサンブルよ、スヘルデよ、マースよ、どれだけの隣人の血がおまえたちに流し込まれたことか、
 美しき野原と水のほとりよ!

 ああメヘレン、ガン、アントウェルペン、アラス、そしてわが愛しきブリュッセル!
 娘たちは壁に囲まれた街の中で将来を誓い合った人を再びその腕に抱きしめる日を待つばかり。
 彼らは討たれて二度と戻ってこぬというのに!」


シャリニー
「兵士たちが逃げ出したあと捨て置かれた、ムルテンの湖に横たわる敗残兵の遺体は湖水が満ちるのに
 従って覆い隠され、まるで舞台の終幕が過ぎ去った後のようにも見えました。
 その静かな水面の下で、弩の矢で刺し貫かれた彼らは冷たい死を迎えていたのです。

 怒りに燃えた敵たちは致命傷を負った者たちにオールで殴りかかって、『復讐してやる』と喚きちらし、
 息も絶え絶えの不運な兵たちを死に追いやってしまいました。」


マリー
「予期せぬ出来事にどれだけのブルゴーニュ人の希望が裏切られたでしょう!
 お父様が少しの侮辱のために凄まじい復讐を考えたゆえに、悲しみが頭上に降り注いでくるなんて。
 お父様、わたくしの不幸なお父様はどこか安全な地へ逃げられたのですか?」


シャリニー
「公爵閣下は駿馬にまたがり、骸の散乱した野と丘を越えて、少しの従者とともにローザンヌに向けて
 駆けてゆかれました。ジュラに退却するのは危ないとお考えになり、山を抜けてブルゴーニュへ戻ろ
 うとしたのです。

 閣下は味方の忠誠が揺らいでいると思っており、ブルゴーニュの国内は愛国心と従順さを悪いほうへ
 向かわせ、冷酷な態度をあらわにしておりました。

 国内で閣下の命が拒まれた事は彼を異常な状態に陥れ、ある者はフランスのルイ11世が祝祭の宴を
 開いていると伝えましたが、公爵閣下を心配させたのはそうしたことよりもむしろ戦場の自軍のこと
 でございました。

 ロレーヌ公ルネはベルンの人々に協力しており、ナンシーにわが君の権力が及ぶことをよしとせず、
 警戒を強めておりました。」


ラーフェシュタイン
「苦しみに満ちた運命が、そんなにひどい出来事がブルゴーニュの人々の身に降りかかるとは!
 フランドルの海からプロヴァンスの海までもわが君の威光を及ぼさんと、一撃をもって壊滅させよう
 と考えていたのに!」


マリー
「スイス人たちは悲しみに沈むブルゴーニュに攻め込もうと考えていたのでしょうか?」


シャリニー
「彼らは領邦を我が物にしようとは考えておらず、武器を手に取り自領を守ろうとしていたのです。」


マリー
「『戦いは素晴らしい果実をもたらしてくれる大樹だ』とよくお父様はおっしゃっておりましたし、
 またそのことをよく知っておりました。」

(シャリニーに向き直って)

「シャリニー卿、この苦難によくぞ耐えてくださいました。
 ゆっくりとお休みになり、英気を養ってきてくださいね」


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