Karl von Burgund 第3幕・1場

●1場の登場人物●

マリー

アンベルクール

ユゴネー

ラーフェシュタイン

フィリップ善良公の幽霊






マリー
「わたくしのお父様に味方してくださる人たちよ!
 お父様に幸運の良き風向きが訪れ、ずうっとこの素敵な雰囲気に包まれればと思います。
 でもお父様の周りに不運の嵐が吹きすさんでいることが、わたくしの一番怖れること。

 未だに神のお裁きをこの目にしていないけれど、この騒動から耳を塞いでしまいたい。
 親愛のこもった歌声がほんの少しでも聞こえてこればいい。
 アクセサリーも全て外して、わたくしはあなたがたのもとへ参りました。」

(フィリップ善良公の幽霊が現れる)

「マドンナよ、なんという出来事でしょう!
 本当にフィリップおじい様がお姿を現してくれました、
 なんとお優しいマドンナ、わたくしは父なる神の御手に抱かれている心地すらいたします。
 あなたがたにも見えますか?」


アンベルクール
「ああ、見えまする、敬愛する我が君のお姿がはっきりと見えまする!
 畏敬と恐れの念が湧いてきますぞ。われらには我が君と言葉を交わすことも、ましてや
 そのお姿を見上げることすら許されてはおりません。」


マリー
「天よりいらっしゃった御魂よ、祈りにひざまずき、あなたの祝福を願うことはあまりに
 傲慢というものでしょうか。」

フィリップ善良公
「立ち上がりなさい、わが孫よ。
 ひざまずきかがみこむことは天国に向かってすることじゃ。
 
 おまえの祈りは神のみもとに届いておるぞ。
 そしてこの世でのおまえの嘆きも聞き届けてくだすった。

 涙を拭いなさい、そしておまえたち古くからの家臣たちも畏まって怯えることはない。
 さぁ、なぜ憂うのかそのわけを話してごらん。
 どのような不運がおまえたちに降りかかったのか、そして何が起こったのかを。

 どのような事件に巻き込まれたがゆえに迷うのか、息子はいったい何処でどんなひどい
 目に遭ったのか。わしを恐れず話しておくれ、マリーや!」


マリー
「いいえ、わたくしはあなたに畏まらなくてはいけませんわ。
 お墓から骸骨と化して現れることなく天国からいらっしゃって、親切にも語りかけてくだ
 さるんですもの。

 天国よりいらっしゃったあなたに何かしていただきたいと願うなんて、ひどく厚かましい
 ことです。ああ、地上で祝福に満ちた運命を辿られたお方よ、輝ける素晴らしいお方よ、
 美しく花開くが如き生涯を送られたお方よ、尊敬すべき守護者よ。

 あなたの賞賛を受けてもなお、わたくしたちの元からは幸運が逃れ出て行くように思えます、
 わたくしたちの手から全く逃れ出て行ってしまうように。」


フィリップ善良公
「なんだと?
 死に至る流行り病に冒されでもしたのかね、それとも叛乱でも起こったのか。」

マリー
「そうではありません、わたくしたちの兵士が打ち負かされてしまったのです。」


フィリップ善良公
「ふむ、わが息子のシャルルは兵士たちとともにジュラ山脈に向かったのだね?」


マリー
「戦いのお好きなわたくしのお父様は、国が空っぽになってしまうほどの兵を従えてゆきました。」


フィリップ善良公
「豊かな財を持つ国の征服を試みたのかね?」


マリー
「いいえ、金銀はさほどありませんが、兵士たちを鼓舞していらっしゃいました。
 お父様はアルプスを越えてイタリアへ至る道を拓きたかったのでしょう。」


フィリップ善良公
「そんな馬鹿な妄想を抱いていたとはな。」


マリー
「ああ、それを聞いたらお父様はどんなにご気分を悪くされるでしょう!」


フィリップ善良公
「おまえはどのような不運があって、何に打ち沈んでいるのだね?」


マリー
「お父様がグランソンで財を失い、ムルテンで数多の兵士を死なせてしまったからです。」


フィリップ善良公
「財を失ったのを気に病むことはないぞ。しかし数多の者が殺されたのはひどく悲しいことだ。」


マリー
「かつて人で賑わった街々は若者たちがいなくなったために涙しておりますわ。」


フィリップ善良公
「なんと悲惨なことだ!数多の人々の子供らをむざむざ殺してしまうとは!」


マリー
「お父様はほんのわずかな者と落ち延びました。」


フィリップ善良公
「何処に逃げ、誰に助けられ、そして何をしようとしたのだね?」


マリー
「ジュラを越えて戻ってはきましたが、暗鬱に塞ぎ込むようになってしまったそうですわ。
 そして公国内に新たな資財と兵の徴募を命じたそうです。」


フィリップ善良公
「ふん!領邦がその命令に従わなくとも徴集が遅れようとも、わしは何らおかしい事とは思わぬわ。
 わしの父上、無畏公と綽名されたジャンは王弟ルイ・ドルレアンを殺しておきながらはばかる事
 もなくさらなる栄光を求めた。

 和解の舞台となるはずだったモントロー橋でタンギイとシャテルが斧をもって父の首を刎ね、
 その血が流された。わしがその結果を予測することが出来ていたなら…

 あるいはあの者どもが父上の所業を裁くためにわしの息子を揺り起こし狂わせたのか、
 だからシャルルは怒りに我を忘れてあのような罪を犯したのだろうか。
 ブルゴーニュの富と栄光がシャルルの正気を狂わせてしまったのだろうか。」

マリー
「悪事には相応の仕打ちが返り、批難もされます。
 おじい様はお父様に偉大なる権力を遺してゆかれました。
 しかしお父様は愚かにも平和な地にジョストの槍先を向けたのです。
 そしてこの正義を無視して行われたロートリンゲンとベルンの侵略で、ただ一つの伯領さえ得る事が
 出来なかったのです。」


フィリップ善良公
「ベルンの民は百年経ってもなお感謝を捧げられるであろう所業を成し遂げたのじゃ。
 一たびの戦いでかつて一人の君主が失った犠牲よりももっと多くの兵士たちが殺された。
 おお!シャルルはわしのことをすっかり忘れてしまっていたのだな。

 おまえたち、わしのもとで育ってきた者たちよ、
 知っているだろう、わしとわしの父祖たちは国々へここまでの嘆きを与えなかった。
 シャルルひとりがもたらしたほどにはな。」


アンベルクール
「ええ、その通りでございます。
 しかしながら親愛なる我が君、あなたのご助言をいただきとうございます。
 わたしどもはこの重大事をどのように受け取ればよいのでしょう?」


フィリップ善良公
「シャルルがいかに多くの国々の征服を試みようと、平和を投げ打ち財貨を求めようと、
 はたまたいかに多くの兵をかき集めてこようと、スイス人は故郷のための戦いに打ち勝った
 だろうということだ。」


アンベルクール
「彼らの国を守るための戦いぶりを、わたしどもはどのように理解すればよいのでしょう?」


フィリップ善良公
「不毛の地で飢えに苛まれ、ブルゴーニュの兵たちは病み衰えておった。
 対するにスイス人は渓谷という天然の要塞に守られていたのじゃな。」


ラーフェシュタイン
「かくなる上はわたしどもがロートリンゲンに向かい、国境に至る橋を封鎖してブルゴーニュと
 ネーデルラントを守るべきでしょうか?」


フィリップ善良公
「シャルルはルネと仲が悪く、スイス人を忌み嫌っていた。
 このことが結果的に没落のもととなった。
 シャルルは敵が聖堂を焼き、聖人たちの肖像を打ち毀し、修道院を壊滅させて報復するだけに
 とどまらないのではないかと惧れを抱いた。
 悪を為せば災いと苦難が少なからずもたらされるものなのじゃ。
 悲しみに打ち沈むのはあとにせい、まだ話は終わってはおらんぞ。

 ムルテンには死者の骸が戦勝の記念碑のように積み重なっておる。
 数多の一族が物言わぬ骸となりはてたありさまは、この世の人々に身の程を知らぬ驕った考え
 を抱くことを戒めることだろう。慢心は実りを損失に変えて、嘆きをもたらすだけなのだから。

 ムルテンとベルンを思い起こしてみよ、彼の地は今満ち足りた幸福の中にある。
 この幸福は彼らの多大なる努力によってもたらされたもの。
 ああ、彼らは驕った考えを許すことなく罰を与えんとしてその手を振り上げたのじゃ。

 わが家臣たちよ、どうかシャルルの心を開かせて、血に飢えた振る舞いで神に背くようなこと
 をやめさせるように説いてはくれぬか。
 
 わしの可愛い孫よ、おまえの父さんはすぐに戻ってくるからな。
 だからおまえの部屋の棚にしまってある公爵の正装を出して、それを父さんに着せておあげ。
 さぞかし心を痛めているに違いないだろうから、優しい言葉をかけて落ち着かせ、鬱々とわだ
 かまった気分を晴らしておやり。実の娘のおまえが言うことならきっと耳を傾けてくれるよ。

 わしがこの世に留まっていられる時間もそう長くはなさそうじゃ。
 わしの不在をあちらの世界の者が悲しんでおるようだからな。
 
 おまえたち、心正しき者たちよ。
 人生を忌まわしい嘆きの中で過ごしてはいかんぞ。
 でなければ、たとえよい事が起こったとしても楽しむことができなくなるからな。
 だが幸運をもたらすのは愛想を振りまくばかりの味方ではなく、あくまで自身の感覚の
 もちようだということをよく覚えておくのじゃ。」


ユゴネー
「われらの味方はきっと、心の底からの団結をしていくはずです。
 ブルゴーニュ人がこのように惨い不運に苦しめられているのですからね!」


フィリップ善良公
「そうであればいいのだが…。おお、そうだ。
 アンベルクール卿、ユゴネー卿よ、聖木曜日には用心しておくのだぞ。」


マリー
「ああ、なんてこと!
 なんと多くの様々な出来事がわたしを苦しめるのでしょう!
 うちひしがれ、ぼろぼろになった服を身に纏ったお父様。
 そんなわが身をどうすることもできずにいらっしゃるなんて!

 すぐに正装の服を見つけてきて、お父様の心痛を除いてあげましょう。
 わたしの愛する人たちにも何事も起こらぬように気を配らなければ!」


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